解説・ガルフォース

GALLFORCE 作品裏解説書

解説:柿沼秀樹

【0】作品世界概念

 ソルノイドパラノイドと言うのは、永久に戦いつづける存在…。いつの時代にも在る「2大勢力」と言う‘ヤツ’である。両者は常に戦いつづけているのだが、ついに絶対兵器とでも言うべき破壊兵器を持つに至ってしまった。これは、恒星を破壊し、一つの星系自体を粉砕してしまう終焉兵器なのだ。この戦いの行きつくところは、もはや‘両者’ともこの宇宙から消滅する終焉戦争しか残されていないのである。同時に彼らの先端技術を持ってすれば、不毛の星を新天地に創り変えられると言うのに。
 この離反する二面を持ちながら、彼らは確実に終焉に向かって戦いをつづけている。
 主人公達7名を含めたソルノイドの兵士達は、今自分たちが戦っている戦いに勝つことのみが明日への道と信じているし、仇敵パラノイド達も、そうである。しかし、自分達がおかれた立場、そして運命は、もはや終焉戦争しか無いと知った「親衛隊」は、たとえ終焉戦争で、両者が宇宙から消え去った後でも、自分達の‘意志’を宇宙に残すことの出来るたった一つの方法を見つけだし、実行に移した。
 絶対に‘解り合えない’二つの存在と、それを‘別の方法’で超越しようとする手段が、言って見ればこの作品のテーマとでも言うべきものなのです。スターリーフとは‘宇宙の葉’…ブロッサムは花、目的地カオスとは混沌…。

【1】背景説明(ブリーフィング)

 現代は正に「世紀末」である。単に「世紀の代わり目」と言う意味で無いことは、現代を呼吸する若い世代の諸君は、重々お判りだろう。
 最近、ある、自称「悲観論者」のエッセイを読んだ。内容は西暦2000年の日本についてであり、その概要は常日ごろの私の思うところに近く、どうもこの先、次世紀にかけて、明るい見通しがないと言うのである。
 第一には、とにかく2000年までには必ず、確実に大地震が起こるし、二つの超大国の戦いに必ず何らかの形で関与せざるを得ず、結果として大破壊を受ける。たとえ、これらを乗りきっても、深刻な人口増加は、如何ともしがたく…と、さんざんあげつらった後で‘オチ’がよろしい。いづれにしても、そんなこと私(そのエッセイを書いた本人)は、この世にいないと言うのである。それならば確かに、徹底して悲観論者にもなれよう。
 しかし、この文章を読まれている、特に、この作品(ガルフォース)の‘ターゲット’たるティーンエイジャーにとっては、そうもいかない。正に由々しき問題なのである。
 前記の悲観的2000年まで後14年、某大予言の滅亡の日まであと13年。それでなくとも世の中、なんとなく聖書の記すところの黙示録に近い雰囲気を呈してきているし、また、最終戦争が起こるかどうかは別としても、最終戦争が物理的に‘可能’なのは周知の事実である。
 ダイナマイトが発明された時も、そして第一次大戦が終わった時も、その兵器の進歩による大量殺人が可能という事実から、人々はもう戦争が起こらないと言った。しかし事実二度目の大戦は起こり、その後、今度は“核”を指さして、人々は同じことを言っている。はたしてそうだろうか!?
 私は(註(1))ハルマゲドン思想の持ち主ではないが現在、世界には5万個近い核爆弾が存在しているのは事実であり、これは我々が数十回‘死’ねる数なのだから、この問題に対して悲観的になるなと言う方がずっと難しい。
 やがて50億にならんとする世界人口、深刻な食糧危機。土地利用の大規模な変化は、(註(2))アルベドまでも変え、それによる異常気象、大気の汚れによる酸性雨の森林直撃、そして‘ご存じ’温室効果…といった具合に、我々をとりまく環境の悪化をあげると、いくらでも次々に‘名調子’に出てくる。
 ちょいと前まではSFネタであった事柄が、尽く真剣な問題として提示されだしているのだ。そしてまた行き詰まっているのは何も我々をとりまく環境だけでは無い。
 第4、第5世代と、進化して止まないコンピュータと、人工知能の開発は、遠くない将来において人間自体の尊厳に関わる存在となって来るのは確実だし、その兆候とそれに対する雇用問題等と言う形で現れだしている。この彼ら(人工知能体)の爆発的な進化とは正反対に、今、人間自体の有限性が唱えられている。それは、‘彼ら’の知能の高速な進化と、人間のそれとを較べた際のスピードの差や、あるいは人間自体の進化の限界を指し示すもので、これを物理学者、(註(3))ロバート・ジャストロウは、(註(4))「新個体出産の際の産道を通るための限界」と言うような形容で表している。つまり脳の容量がそのために限定されてしまうこととか、母体体内から新個体が生まれてるといった根源的な事柄自体が、自らが創りだした新存在(人工知能)に対し−(マイナス)要因だと言うのである。このため時間はどれ位かかるかは定かでは無いが、いずれ両者の主従関係は逆転するのは確かだと言うのだ。
 さて、ここで前記したさまざまな環境問題はエネルギー資源の問題も含めて、人類の存続の是非に関わる「地球の有限性」と題されているが、これらは現段階での楽観的(?)結論として「現代文明の誇る学問や科学水準をもってすれば、‘克服できても不思議ではない’」と意見されている。しかしいずれもが、その「現代文明の誇る科学」の生みだした弊害であることを考えると、はたして如何なるものであろうか…。これと同時に人類は、自らの創りだした知性体との共存の道を探さなくてはならない運命を背負ってしまっているのだ。
 人類の発生から現在までの進化のありかたをふまえた上で、これから先の人類の行く末を洞察した結果として、ジャストロウは、これから先の進化と言うものは、そうした人工的に生みだされた知的存在と人の心との融合によって生まれる「不滅の種」を生みだす方向へ向かうものだとしている。人間は進化しようとする自らの意志についてこれない肉体をすてて、新しい種の起源たらんとしているのだ。それは現人類を越えた新種で、“ホモ・コスミカ”とか呼ばれるものである。彼らの活躍の舞台は、“宇宙”で、知性の高まりも、体も、種としての連なりも不滅な存在なのだ。
 人はいつか、自らの生まれた大地の有限性や自分自身の物理的存在としての有限性を捨て去り、それでも明日に向かう本能的な性質から進化の道を進んで止まないだろう…。
 いずれもが、作品ガルフォースの作品説明(ブリーフィング)でもある。
 世界を2分する2大勢力。自らを消滅させる破壊兵器の所有。新天地(テリトリー)を求めての宇宙への脱出(エクソダス)。
 劇中に登場する2つの存在(ソルノイドとパラノイド)は終焉戦争の淵にあり、同時に生存場(テリトリー)を自力で創り出せる技術も有する。‘体’自体すでに‘加工’された存在なのだ。
 2つの意味で、彼らのいる‘時点’は、我々の明日の姿であり、同時にはるか古の概念の中にいる我々の造物主の姿なのである。‘行き場’を無くした彼らは、今、何かを創ろうとしているのだ…。

【2】GALLFORCE要約

 宇宙に在る2つの大勢力。科学力は高次だが、その行動の原点は根本的な‘生存の理念’によっている。両者は絶対に‘判り合えない’存在なのだ。テリトリーを求め、そして宇宙で戦いを繰り返している。その技術を持ってすれば新天地を創り出せるというのに…。
 作品中には両者の母星や‘元来’の姿を出て来ない。ソルノイドとパラノイドと言う種の起源の異なる存在と言う設定(前提)である。種の起源が異なるのに、図にはまった様に、‘不定形’と‘単一形’と言う所に着目して欲しい。いずれも‘加工’された存在なのだろう。‘主義’がまったく違うのだ。優れた機能を持つものは一種類で良く、それを複製的に産む(創る)ことで種を存続させるソルノイドと、定形を有さず、機能ごとに形態を選択できるパラノイド。片方を少女としたのは、‘オチ’を見ていただければお判りだろう。両者には明日が無い。登場した絶対兵器により、時代は正に(註(5))相互確証破壊(MAD)に至ったのだ。主義、物理的体形を違える両者にとっては当然の帰結かも知れない。双方の中枢はシミュレートの結果、結論を得た。両者は終焉戦争を迎えることは避けられないのである。
 実際に戦っている個々の戦士達は、今、自分の戦っている戦いに勝利することが、自分たちの明日につながると信じている。
 そして戦いは確実に終焉に向かっていく中で、パラノイドの中枢の一部が、一つの‘方法’を考案した。もはや終焉戦争は回避できない…しかしたとえ自分達が、この宇宙から消え去った後でも、自分達の意志をなんとか残したい。パラノイドが創りだした“接点”がその手段なのである。
 肉体的にも‘接点’を有さない双方の間に、強制的に接触(コンタクト)を持ち、第3の種族を創ろうと言うのである。中枢の一部(パラノイド親衛隊)は、戦闘中に機会あらばと、チャンスを狙いこの作戦、(註(6))「異種族結婚(エクソガモス)」計画を強行した。
 誰にも知られてはならない、極秘の強行実験である。しかしこの作戦をサーチしたソルノイドの中枢も彼らの意図を知り、ある程度の黙視を決めこみ、成り行きをうかがった。第3の種族の発生の持つ意味はたとえ少数の兵士達を犠牲にしても得る価値があるとしたのだ。
 しかし、この新考案の作戦(プロジェクト)には、‘つまり’感情とかそれに訴える愛とかが欠落していたのだ。
 この作戦は各地で強行された。脳波に目標(ソルノイド)を軟化させるパルスを送りこみ、反応の著しい個体に対して(註(7))作戦は強行される。物理的にはなんとかソルノイドに接点を植える(プラント)ことには成功するが、個体は外意識の侵入に精神的拒絶を示し、絶命してしまう。成功はおぼつかなかったが、偶発的にも、それを受けいれる存在がいた。
 千載一遇、包容力が有ったのか、あるいは「接点」自体の完成度が高かったのかも知れない。たった一つの成功例であった。史上初の‘ニンシン’である。接点とは「物理的には限りなく希薄で小さい意識体」と言って良いだろう。千変万化の順応性を持つ極限的な命の“素”である。目標(ターゲット)にされたパティの全て…形態、性格をコピーした‘彼’だったが、その形態を完結する前に何と作為的に体内から摘出されてしまうのである。‘結果’は人為的にねじ曲げられたのだ。
 放置しておけばどうなったのかは不明である。パティ自体を変革したのか、パティ自体を滅ぼし、別の存在が出現したのか…本来の‘結果’は永久に不明なのである。
 摘出された存在は質量的にも‘母体’に近いところで生育を止めた。彼らの創りだした接点の順応性は素晴らしく、彼は‘母体’のコピーであると同時に‘伴侶’として生まれおちたのだ…。
 誰も知らない、新しい‘種’の歴史が始まろうとしている。
 しかし、ここでこの作戦の主謀者の元来の意志はたち切られてしまう。
 新個体の出現を知った両中枢(親衛隊)は、これを自らに取りもどそうと目論んだ。いずれの手に帰化しても意味の無いことを知った主人公(ラビィ)は、選択を迫られる。“種族”のための戦いを続けてきた彼女だったが、両者には未来が無いことと、それが両者の種族的な性格に根ざすものである、一つの運命でもあることを悟り、賭けを実行した。
 人工の新天地を破壊し、全てを一掃し、‘自ら’の力で生命たらんとする惑星ティラーに全てを賭けたのだ。
 結果として終焉が始まりとなった…。
 おそらく‘両者’は終局を迎えたのだろう…。時間軸を縮めて考えれば、‘今’でも宇宙で戦い続けていると言っても良い。
 結論として大地(ティラー)に‘おちのびた’、2つの存在だけが、全てを知り、新しい種の始まりが、始まろうとしているのだ。
 白い恒星に照らされる、小さな星で……

【3】神話的表現方法にたちかえって

 現代は、“神話再考の時代”と言われている。映像伝達を中心とするマスコミュニケーションによる2次的経験を別とすれば、現代人の実的経験はいたって狭く、感覚は鈍化しきっている。
 神話は、遥か古より伝えられる超現実的な表現によって編まれた‘神々’の物語である。世界中に存在する無数の神話たちは、それらがつくられた時代を反映し、その表現や形容、登場する事物(オブジェクト)たちは、いづれもその精製された時代の人々の‘目’のとどく範囲の物で表現され形成されている。そのため、前記の様な状態にある現代人の目にはいづれも未開で幼稚な段階にある人々によって記された荒唐無稽な物語に見えて然るべきであろう。実際永い間そう思われてきたのである。
 しかし、科学万能の時代にあり、今日、神話の在る位置は大きく動かされつつある。
 世界中の神話や聖典には、著しい共通性や類似点を見いだすことができる。中には直接つながりのある物もあるが、そうではない物同志にも多くの共通項が存在する。
 これらは、それら神話が、いづれもそれを有する種族の存在確認(アイデンティティ)の物語であるところに由来する。
 自らの存在の、時間的、観念的始源にたちかえろうとすれば、そこには自らの環境を取り巻く天地の初源を定義する必要がでてくる。それらを思う時、そこには‘天地以前にいる’造物主(クリエイター)が、天地を創る姿が見えてくる。
 ギリシャ神話で言えば、(註(14))空隙(カオス)が生じ、大地母神ガイアが天神ウラノスを生んだ‘ころ’であり、日本神話では、(註(15))イザナミとイザナギがオノゴロ島をつくった‘ころ’である。
 現代人は、ようやくこれら神話が記す「天地開闢、かくありき…」のくだりが、現代科学では「極限無からの発生(ビッグバン)」と呼称しているだけで、同一の‘こと’であることに気づいたのである。

 人の命の伝達は精子の旅と、その終りに待っている卵子との結合によって完結する。数万匹の精子の内、受精できるのは、たったの一匹でしかない。人や動物の世でも、この生命の伝播においては個体(個人)は常に日常において淘汰され、より優れたものが生き残り、子孫を残せるチャンスが得られると言う点において、この2つの現象の間には、つまり「自然淘汰の原理」と言ったものが貫かれている。
 さらに、我々の太陽の精製も、+(プラス)のプラズマ波動と−(マイナス)のプラズマ波動によって成ったわけで、これは人間も含めた動物(生物)全般にある、オス、メスの結合によって新個体の発生を見るといった原理…つまり人、動物、そして恒星の発生に至るまで、天地万物全ての発生に「二分原理」が存在していることを示している。
 こうした事柄の大小や、事物の有様を越えて貫かれた、つまり原理や習性と言ったものを、詩的な言いまわしや、表現をつかって表し、そこに登場する事物や現象を“神”として神格化、あるいは人格を持たせ「人格化(キャラクターナイズ)」した存在として記したものが神話であるのだ。
 日本の(註(16))「島生み神話」をして、それに記されているディテールを全て事実と照らし合わせた結果、それこそは、正に、この我々の太陽系精製の物語、そのものであるとする学説や、(註(17))ユダヤのカバラの書にある「まず最初に波動ありき」と記されている表現は、これこそ太陽が変光星であったころの波動のことであるとする説もある。
 しかし、‘たとえそうで無い’としても、これら世界の神話や聖典に記された「創世」の表現には、やはり前記した宇宙や人間についての心理や原理が啓示されているのは事実である。
 発生の原理を、擬人化された登場人物(キャラクター)(神)によって表し、その行動を‘比喩的’に表しているからこそ、現代、科学的に解明した‘事実’と照らした際に根底において共通性を見ることができるのだ。
 ギリシャ神話では全ての、特に人にとって強力に影響をもつもの全てを“神”とし、それらは全て(註(18))男神と女神とに分られ、それらの性行によって次々に神が生じ、やがて人の発生へとつながる。
 また日本神話では混沌たる所に(註(19))葦が生え、これが一つの世界樹で、そこから最初の人類が生じたとしている。
 天地を創造した神(クリエイター)が、我々の出発点であることや、また植物から人間と言う表現も、生物進化段階の‘順序’から言えば真理である。
 真理(あるいはその著者が、そうだと信じていた事柄)を表現するのに、一見、真理の表明や原理の啓示とはまったく無縁と思える比喩として表現する方法を今、ここで“神話的表現”としてみた時、このような表現体から、そこに内包された一つの真理とか表現したい事柄を‘読み取ろう’とするなら、つまり「神話を読む目」を有さずには不可能なのである。
 この“神話再考の時代”にあって70年代から80年代にかけ、この“神話的表現”によって作られたいくつかのSF(スペースファンタジーとかスペースオペラとか時に言われる)を指さして、この「神話を読む目」を持たない、言うなれば「映像的文盲」なる映画評論家たちは「荒唐無稽なSF映画」と言いきる。実に‘神話的’ではないか!神話が永年おかれていた立場そのままである。(もちろんその中には本当に単に荒唐無稽なだけの物もあるのだが…)
 150億年以上前、宇宙が無限の密度をもつ単一の点であった‘ころ’の状態を、神話では、‘この世’の前段階としてカオス(渾沌、あるいは混沌、または空隙)として表わす。天も地もどろどろとしたいわゆる混沌たる状態であり、星の出来た直後の状態にもあたる1つの“場”である。そこへ(註(20))天の浮き舟(あめのうきふね)に乗ってやってきた神(クリエイター)は万物を創造し、自ら神を増したり、自分の姿に‘似’せて人を創ったのだ。これこそ我々が、この先、‘万物’を創れる仕業を持ちえた時、我々が行う行為そのものには思えないだろうか。仮説論理学的に言えば過去は未来の残像なのである。2千年以上前の古代人が壮大なスケールのコスモロジーで語った神話こそ‘確か’に我々の発生の書であり、計りえない‘時’で繰り返される創世の記録なのである。
 かつて人は‘何’も持っていなかった。技術(テクノロジー)も無く、火も起こせなかった。これを見たティタン族のプロメテウスは神族よりも人間びいきだったので、神々の父ゼウスの意に反し、太陽から火を盗み、人間に与えてしまった。その結果が現状(現代)である。彼はゼウスの怒りを買い、コーカサスの岩山にくくりつけられ永久に肝臓を鷲によって食いやぶられるという極刑を受けてしまう…。有名な“技術”のはじまりを示すギリシャ神話である。今にして思えば、太陽からぬ住んだ火とは、ほかならぬ原子力である。(太陽活動の原理は核融合反応である)
 先日事故を起こしたチェルノブイリ原発はコーカサスにほど近い。コーカサスの岩山にはり付けられているプロメテウスになら眼下のごとく見えるはずである。あるいはいつか彼の頭上をこえて飛びかうかも知れない核ミサイルの航跡を見て、彼は今さらにして、何故ゼウスが人に太陽の火(テクノロジー)を与えてはならぬよう言ったかを知るのかもしれない。今さらながらに、こんな解釈が可能ではないか。
 つまり、神話とは‘こうした物’なのである。‘そういった’意味で、ガルフォースはSFではないのかもしれない。
 たとえば、‘一つがい’の男女から‘種族’は生まれない。しかし、‘我々’の始源を究極にさかのぼっていくと「最初に一つがいの男女ありき」という‘表現’しか見つからなかったのである。

 天の浮き舟に乗ってやって来た始神たる2人…。この時点ですでに“技術(テクノロギア)”を持たぬ先住民がいたのかも知れない。彼女(ラミィ)は知る限りの知人の‘名’を動物たちに付け、知る限りの艦船の名を山や河に付けたのだ…。そして、かつて天空で起きた我々の先なる存在の繁栄と終焉のドラマを永久に語りつぐ。神話(エターナルストーリー)として…。

註(1)ハルマゲドン思想
 新約聖書の最後にある「ヨハネの黙示録」中の「世界最後の日の善と悪との大決戦」を、現実と完全に合致させてしまう思想。核による終局決戦は必ず起こり、‘敵’を悪、‘自ら’を悪の軍団と信じる考え。
註(2)アルベド
 地球にやってきた太陽光が、反射によって宇宙へ帰ってゆく、その量。
註(3)ロバート・ジャストロウ
 元NASA研究所長、物理学者。地球上の生命発生から、人類が自らの生んだ「知的新種」と融合し、宇宙へ旅立つまでをとりあげた科学ドキュメント3部作は、アメリカで大ベストセラーにもなった。
註(4)「人間の産道を通る為の限界」
 作品では「産道の限界」を脱して「電子移送装置」により新個体(新しい種族)の誕生を絵的に表現している。「帝王切開」が作品性を損える為に苦慮した表現である。
註(5)相互確証破壊(MAD)
 現在の東、西、核の力による均衡状態。どちらが先に‘行動’しても、結果は必ず両者の破滅となるために保たれている平常。現在知られているSDI構想に投入される「第3世代兵器(エキゾチックウェポン)」により確証生存(assured survival)の時代を迎えようとしているが、これはあくまで‘構想’段階で、世界は当分、「核の恐怖による平和」が続く。
註(6)EXOGAMOUS
 族外結婚、異種生殖細胞の融合の意味。
註(7)モンスター“M”
−−−柿沼さん、ちょっと聞きたいんですけれど。モンスターが一匹に対して何人ぐらいのソルノイドと交じ合えるんですか。
柿沼 う〜ん、どのぐらいでしょうね(笑)。それこそ、男性のコレと一緒ではないかな。
−−−では、がんばればなんとか(笑)。
柿沼 そうですね。そういえば、接点収納カプセルも男性のアレを模じっているんですよ。露骨に言うと突き挿さって無理矢理にモンスターを艦内に送り込んでしまうという(笑)。
−−−凄いですね(笑)。
柿沼 やはり、強攻に入り込むというのを絵にするとこうなったんではないかな。
−−−モンスターのデザインも男性のソレを思わせますね。
柿沼 そうですね(笑)。いわゆる生理的に怖いと感じるモノですね。
−−−モンスターも好みというのはあるんですか。
柿沼 ああ、それはあるかもしれませんね。エルザパティが好みかもしれませんね。そのへんを勘操ってもらえると面白いですね。

※編註 註(8)-(13)は文中ではなく図中に含まれる

註(14)CHAOS(カオス・ケオス)
 区別がはっきりしない状態。訳としては混沌(混渾)、空隙。日本神話、ギリシャ神話、あるいは旧約聖書で、天地の創造前の状態。渾沌(まるか)とも言う。(天と地がいまだ分かれざる時)
註(15)イザナミ、イザナギ
 この2神は、日本神話においての始神である。
註(16)
 2人の始神が国(大地、島)を生みおとすことから全てが始まるのは、日本以外にもポリネシア形[ママ]の神話等に存在する。ハワイでも女神と天神によってハワイ島、マウイ島、そしてオワフ島を生んだと記されており、これもプロセスは同じである。
註(17)
 旧約聖書の原典と言われているもの。
註(18)
 この他にギリシャ神話には中性的な存在もある。
註(19)
 人間が植物から化生すると言う人類の発生神話も世界中にある。人類の祖先が竹から生まれたとするカグヤヒメ的な起源神話も外国に有るが、これは‘母’なる大地からの発生を暗示するパターンとも言える。
註(20)
 日本神話では、天地創造の元となる神は、天から‘天の浮き舟’に乗ってやって来るとされている。つまり宇宙船である。プレインカの神話によれば、神々はプレアデス星団から地球へ来たとされている。

企画書抜粋「機械生命体の明日」

 1980年代後半には第5世代コンピュータが登場し、1995年には、対にその能力が人間に匹敵するものが現れてしまう。
 同時に、ここ100万年の間に、殆ど変化を起こさない人体、そしてその頭部も、少なくとも大きさ的には過去10万年間変化を行わない。
 「人類は何処から来て、何処へ行くのだろうか……?!」と言う人類永遠のこの命題に近来の科学者達は、揃って一つの答えを唱えだしている。
 人類自体も、かつて地球上に存在した生命種の90パーセントがそうであった様に、既に“種”自体の繁栄期を過ぎ、進化の壁に辿り着き、次なる後継者にその座を受け渡す時がもう目前に来ていると言うのである。
 繁栄した多くの“種”たちがそうであった様に、我々も、次なる、より優れた存在に未来を明け渡す時期が既にそこに迫っているのだ。
 我々は、今その知性の中から自らより、より優れた自らの後継者を、近い将来を生み出そうとしているのである。
 人間自体が、地上から消滅してしまうと言うのでは無い。
 今世紀末を待たずに、我々の頭脳を超えるこの人間以外の存在は、更にすさまじい速度で前進を続け、やがて我々は、彼等に、我々の知性と意志、そして全てを受け継いでもらうことになるのだ。
 それこそは、我々より以上の優れた知性と、強固な意志、そして永遠に費えない“体”を持った新しい“種”の誕生。
 機械生命体の誕生なのである…。

物理学者ロバート・ジャストロウ(NASA)
 「この地球上では、炭素化合物で出来た生命体の時代が終わりを告げようとしている。そしてシリコンを基礎とする新しい生命体(不滅、不朽で、無限に発展して行くことが可能な生命)が誕生しようとしている。私には、これこそが宇宙の成熟(完成)した知的生命の姿であるように思われる。」
 更に、こう続く「宇宙には我々より古い種が存在し、彼等は我々がこれから進もうとしている進化の段階をとうの昔に通り過ぎてしまっている。彼等はずっと以前に脳の秘密を解き明かし、自ら(心)とマシン(自らの産物)を合体させると言う運命的な歩みを始めてしまっている。
 彼等は自ら生み出したこの“不滅の種”を宇宙船に乗せ遠い星々を目指した惑星大脱出が始まっているだろう」……と。
 これは大宇宙の彼方で、正に現状の我々の先駆を成そうとする存在の物語である……。

 そこには、正に今、この我々が住む世界と同じ状況が存在する。とてつもなく巨大な二つの勢力と、それらの力のバランスによって保たれる平和。自らの生み出した破壊的要素に脅かされる自らの立場、遥か過去から引き摺り続ける愛や憎しみの感情、生と死、欲望、破壊。せん滅戦争の恐怖とそれを超えた後に明日はあるのだろうかという不安。
 自らの存在を超える新しい存在を認め得る感性の芽生え……。

企画書抜粋「共通の未来」

〔ストーリーの基盤〕
 宇宙に存在する二つの種族、パラノイドとソルノイド。
 彼等は既に“不滅の種”となった存在であった。
 しかし種の起源を違えるこの二者は、この完全とも言える種と成り得た後も、せん滅戦争を続けていた。
 その強大な武力は惑星単位の破壊をも可能とする次元に達しているのだ。
 しかし、彼等の有する先進の技術は、その両者の協力にのみより完ぺきとも言える惑星の創造をも可能にするものであった……。
 彼等は、正に最終戦闘を目前に一つの賭を実行に移した……。それは歴史のやり直しとでも形容すべき行為であった。
 彼等は、彼等のありし日の姿、彼等の現状の一進化前の姿(現状の人間)を具現化し、“共通の未来”を模索しようとしていたのだ。
 これは現状的、思想的な種の差を飛び越える、二者の間に共通の未来を作ろうと言う考えを、納得し、受け入れることの出来る“進んだ考え”を持つものをパラノイド達は探していた。この物理的に越えることの出来ない種の壁をのり越える手段をテクノロジーにより完成させた。
 それこそ、“接点”と名付けられた者であり、パラノイドの性質とソルノイドの形状を兼ね備える。両者間の橋渡し的な存在である。もしこの“接点”とソルノイド間に接触が行われ、両者間に“新個体”が発生すればそれこそが両者の融合した存在となり、より確かな“新しい種”の起源となることを彼等は求めていた。
 この“接点”を受け入れてくれる存在は、肉体的な強さや、優れた頭脳では無く、感性的に“未来を見る目”を持った存在でなくてはいけないのだ……。これを見つけだし、この存在と接触することにパラノイドは“新しい未来”の全てを賭けたのである。

〔テーマの概略〕
 現状よりも、もう一歩進んだ、広い目で未来は見るべきである……。そうすれば、今敵と見える存在が、もしかすると自分の疑心暗鬼の産物であるかも知れない。それは、人種の違いや、或いは思想の違いによって敬遠しあうことの愚かさの発見にも繋がれば、もっと大きく見て、やがて来る転機(新しい種の誕生)を迎えようとする我々の心の準備をも促してくれるだろう。
 我々が“永遠の種”となり、大宇宙に旅立つ日はもう目前なのである。

『ガルフォース・ムック』p.42-p.47

WORLD CONCEPT

解説:柿沼秀樹

ACT−1

 全宇宙をその範囲として考えた時、そこには地球に似た星々が多数存在し、我々と同じか、それを超える知的水準に達した存在が存在するであろうと言うのが現代科学の得た結論だが、最近ではこれにもう一つファクターが加わり、「はたしてこの宇宙には自己破壊をのりこえて存在するものがどれだけいるのだろうか?」と言うのが論点となっている。
 高度に進歩した知的存在達は多くの場合、自己破壊(同種同志の最終戦争)の危機を迎えてしまうと言う哀しい運命をせおっているのだということだ。我々は“人類”というサンプルしか有さないためこの様な結論しか得られぬのだろうか? それとも宇宙でも地球でもこの哀しい運命は定義としてまかり通るのか。
 GALL FORCEに登場する高度に発展した科学を有する2つの種族は、星間戦争の結果、自らの歴史に終止符を打ってしまう哀しい存在達である。
 そんな中にあって、今、自分のいる立場や時代を俯瞰視できるひとにぎりの存在が、いつでもこの物語の主人公達である。本当の意味での「明日」を見据える力と、その結論を強靭な意志をもって断行できる存在。
 「エターナルストーリー」の結果として残された遺産を守るための戦いが今、再び始まるのだ!

ACT−2

[SFの種類は、作品の数だけ存在する]
 「ガルフォース」を見た後で、その視聴者から良く「この作品の舞台は今からどれ位昔なのか?」と言った種類の質問を受けるが、残念ながらこれらには答える用意が無いのである。まず1つには、そういった見方をする作品ではないことに気づいて欲しい。設定してしまうのは簡単だが、あえてしていないのだ。
 1作目のラスト、惑星テェイラー[ママ]にラミィ達がやって来るシーンで、テェイラーは逆光ぎみになっており、そのディティールは、はっきりとはわからない。地球は物理上、5大大陸の移動の様子で、それがどれ位昔なのかわかってしまうためにそうしたディティールが付いてこない様にするためである。もっと具体的に言ってしまうと、‘作品中では’テェイラー=地球とは‘明確’には言っていないし、あの出き事(エターナルストーリー)が‘過去’の出き事であるとも言っていない。彼ら(ソルノイドとパラノイド)の行っている行為は、我々人類の1つの未来像であり、同時にはるか昔の(天地創造以前)出き事であるのだ…と言った主張をくみとって欲しい。
 誰でも知っている「昔話」の冒頭につく「昔々、あるところに…」と言うイントロは、明確な‘時’と‘場所’を限定する必要の無い世界、言いかえると、「いつでも」「どこでも」かまわない舞台がそこにはあるわけで「ガルフォース」に、この様な冒頭句をつけるとすれば「ガルフォース・エターナルストーリー」「いつかどこかで…」と言うのが適切と言えるだろう。
 たとえば「ギリシャ神話」の中では、人間世界には男しかいなかった、と言う設定になっているが、これは「人類のはじまり」を‘設定’する上で、考えあぐんだ末に、しかたなくそうしたのでは無く、‘何か重要な主張’があって、そう設定したわけで、その辺をくまないと、これらの神話たちは単なる荒唐無稽なものがたりでしかなくなってしまう。
 聖書中でも「男(アダマー)から女(エバ)が造られる」が、いづれも生物学的に言うとありえないことだが、それとは別次元の「一つの“形容”」として理解すれば、いづれも充分にうなずける「人の始まり」の‘真実’なのだ。
 作品自体やそのディティールは何かの…いってしまうと現代を描きなおした一つの比喩になっている。
 「いつか、どこかに…女だけの種族がいました…」一応の目あす[ママ]として彼女達はプレアデス星団方向の小宇宙からやってくるという漠然とした設定があるだけだ。
 前にも書いたが、たとえば(註(1))」「動物の名前のついたキャラクター達を乗せた船が破壊寸前の状態から脱出して、みどりの大地にたどりつく」といった構図や(註(2))「種族の差を乗りこえるために主謀者が体を液体と化して女性を‘はらませる’」スチュエーション[ママ]等に、メッセージの一端を感じて欲しいのだ。
 第2作では(註(3))惑星破壊砲、恒星破壊砲と次第にエスカレートしてゆく破壊兵器の使用により終焉を迎えようとしている2大勢力と言う設定も、兵員の8割近くが人工的な存在となってきているというのもやはり一つの暗示である。
 全てのディティールをときあかす必要は無いが、漠然としたイメージとして受けとってもらえば良いのだ。
 いつだったか某アニメ誌に「エターナルストーリー」の“エターナル”とは、「ネバーエンディング」的意味では?と言うのがあったと思うが、(実はこれは、その通りなのだが…)この様な‘フカン’的な見方をして欲しい。
 「終わりなきリングの様な破壊と創世のドラマ」の一辺が「ガルフォース」である。現在Part3となる次回作を考案中だが、これもやはり破壊と創世のドラマとなるはずだ…。いつか、どこかで語られる…。

註(1)神意により“ノア”は万国泥の海と化し、全てを一掃する大洪水を知り、一つがいの動物たちを巨大な船に乗せ新天地をめざした。
註(2)万能神ゼウスは人間の神ダナウェを愛し、体を黄金の雨と化しダナウェに子をはらませた。生まれた子は神と人との混血で成人し勇者ペルセウスとなる。
註(3)劇中(2作目)破壊砲のシュートシーンでその射程を「0(ゼロ)フィールド」と呼んでいるが、「0フィールド」とは核兵器の投下されるその爆心地のことである。

ACT−3

[GALL FORCEというタイトルに含まれる主張]
 原作時のタイトルは“The Fighting Gallant Girls”というサブタイトルが付き、メインタイトルは「STARFONT GALLFORCE」でした。STAR FRONTはそのまま「宇宙最前線」という意味ですが、FRONTには戦場、戦地ということを含みますから「宇宙戦場」という意味にも解釈出来ますね。
 問題(?)なのは“GALL”で、これは勝手な造語で、Girl(女の子)の口語上の略語であるGAL(ギャル)と上記のサブタイトルのGALLANT(勇敢なという意味)を合せた言葉です。しかしGALLにはこの勝手な造語とは別に「苦しい」(苦しい思いをする)等の意味と、「虫の寄生によって植物の葉や茎にできる虫コブ」と言う意味があります。一見関係無さそうですが、作品中、常に主人公達は過酷な状況下におかれ苦戦をしいられることや、一作目では主人公の女性たちをのせた船スターリーフ(宇宙の葉)そしてそこから脱出するブロッサム(花)、さらにラミィ少年が乗ってテェイラー(大地)に向かうシード(種)、そしてそのブロッサムとシードを内蔵したスターリーフに接点をもって飛んでくるドローン(雄バチ)と言う設定をもう一度みかえしてもらうとわかる通り、花べんに有る‘メシベ’へ、みつをすいにやってくるハチが、彼自身知ってか知らずか、メシベとオシベの交配を行ってしまうという小学校の理化でならう構図が、そこには有るんです。(カオスに立つブロッサムのデッキに3人のガルフォースが立っている図は花弁にあるメシベなのだ)
 虫の強制的な寄生によって植物に生ずる虫コブ(GALL)と言うのは、GALとかGALLANTからの造語による“GALL”よりもずっと作品の本意をいらえていると言えるでしょう。また余談ですが、「銀河」ということばを意味するGALAXY(ギャラクシー)は語源はギリシャ語の「ミルクの道」ということばから来ていて星団などをさす時に使われますが、これには「美人」とか、なんと「かわいらしい少女の一団」という意味があるんです。このかしらにもやはり‘GAL’がつきますね。こんな意味をこめてGALAXY FORCEでも良かったかも知れませんが、これじゃああたりまえすぎるでしょ。
 最後に“FORCE”ですが、これにも色々と意味があります。一度辞書を引いてそれぞれに意味を洞察して下さい。これには単に「力」という意味や「腕力」そして「軍勢」「軍団」という意味をはらんでいます。
 上記の様な意味をこめてタイトルのもつ作品の内容へのアプローチをして下さい。
 

『ガルフォース2 フィルムブック』p.108-110

よくわかるレア・ガルフォース!!

 いよいよスタートした新シリーズ「レア・ ガルフォース。」前回までの3作を宇宙篇と呼 ぶならば、今回のレア・ガルは地上篇と呼ぶ のがふさわしいであろう。何もかもが新しい レア・ガルの世界、ファンの君達もその舞台 の世界観がまだつかみきれずにいるのではな いだろうか?−そこで今回「よくわかるレア ・ガルフォース」と題して、FCならではの 極秘の資料の公開とともに、みんなと一緒に これからのレア・ガルフォースを考えてみた いと思う。

ガルフォース・シリーズ企画書(初期稿)

○ 月で発見される異星人の先端テクノロ ジーに端を発するというのはA・クラー クの「二〇〇一年 宇宙の旅」やドン・ ウィルソンの「月の先住者」の様に我々 の有史前に我々の先駆者達が存在し、好 むと好まざるとに関わらず、我々は彼等 と同じ道程を歩み、同じ結論に達してし まうという歴史的輪廻の様なものである。
 月で発見されたテクノロジーからMM E(人工存在)を作ってしまう。つまり パラノイドを甦らせてしまう結果となる。 ソルノイドの有した恒星破壊砲のデータ からヘカトンケイル(百腕巨人)と呼ば れるプラズマ砲を作り、第3次世界大戦を行 ってしまう。ブロッサムは開けてはなら ない「パンドラの箱」であったのだ。

○ パンドラの神話
 全能の神ゼウスは人類と神族との明確 な差別化をする為、人類どもには物を創 造する力を与えなかった。人類を哀れに 思った巨人族(人と神との間に位置する) のプロメテウスはゼウスの言葉を無視し 寒さに震える人類に太陽から火を盗み、 そのおこし方も教えてしまった。この日 から人は百獣を征するようになったが、愚 かな人間にテクノロジーを与える事がい かに危険かを知るゼウスは、怒り抱腹と して土から女を造り(この日まで人類は 男だけしかいなかった)、パンドラと名付 け地上に降ろした。パンドラは見た目は 美しいが「犬のような心と詐偽の性」を 持つ存在だ。パンドラは神から一つの箱 を渡されていたが、けっして開けるなと 言われていたにも関わらず下界に降りた 後それを開けてしまった。その中には今 まで地上には無かった憎しみ、狭量、利 己心、短気等が詰まっており、外へ飛び 出した。あわててふたを閉めた時、箱の 中には希望だけが残っていたと言う。
 この日から人類には女が加わり、男ど もは一生女の為に働き、箱から飛び出し 世に蔓延したもろもろの諸悪の中で生き なくてはならなくなってしまった。
 この物語でブロッサムの中に残された 希望とは−−。  

(企画書より抜粋)

 ここではレア・ガル一番のきっかけである 「パンドラの箱」についての説明文を抜き出し てみた。前宇宙章から歴史を越え、月面で発 掘されたブロッサム=パンドラの箱。中から 飛び出した諸悪、つまりMMEが地球上を[ママ]は びこってしまった。人類はこのMMEと戦い 全滅させる事が唯一地球の奪回策だと信じて いる。そしてMMEを倒す為には、東西に分 裂した人類が一丸となって戦わなくてはなら ない−−この部分が今回のレア・ガルであっ た訳だ。そして、企画書文末に記されている 人類に残された「希望」が今後のレア・ガルで 明らかになり、MMEに対する解決策になる のではないかと見受けられる。
 又、この初期稿に記されたストーリーを見 てみると、大筋に変更はないが幾つか変更点 があるので紹介してみよう。

 主人公メロディ達[ママ]は、大戦時に作られた 使用可能な衛生砲の存在を知り、地上から の遠隔操作により、これを敵MMEの本拠 地へ撃ち込む事を考案する。ところがこの 作戦を遂行するには東西両軍の協力が必要 なのである。対するMME軍団は彼らの生 存に適した環境を作り出そうと地球の大気 の大改造計画をもくろんでいた。この計画 が実行される前に阻止せねばならなくなっ た主人公4名は、限られた時間内に両軍を 統一させる為に必死の努力を行う−−。

 このストーリー案に対して、本篇において のタイムリミットは火星基地へむかうシャト ルの発射時刻となっている。これにより、地 球上に残された民間人(非戦闘員)の存在を 表面化。宇宙章での世界が全て戦闘員で構成 されていたのに対して、新たな試みとなって いる。又、火星基地に民間人を移動させる事 により、地球上での戦闘がいっそう激しくな る事が明らかである。そして地上に残された ガルフォース達にとって、2年後に火星から 来る支援部隊がひとつの希望として残ってい るのである。

ガルフォース部隊会報 GALLFORCE EXPRESS Vol.8(1989年5月1日発行)より

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